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常陸国お城放浪記5.5(下野国だけど)

Categoryお城同好会
両親が「会津」出身なので両親の里帰りのついでに子供の頃、夏休みに
私からみると田舎になる会津によく預けられていた。
東北道を岩槻(埼玉県)から(当時、東北道のスタートは岩槻だった)真っ平らな地形(関東平野)を
小一時間、車を走らせると最初に見えてくる山々の辺りが佐野(栃木県)になる。
子供の頃はここから始まる山地を車窓から眺めながらこれから訪れる会津での「ぼくの夏休み」に
期待を膨らませたものだった。

唐沢山城址碑。

唐沢山城縄張り。

その栃木県佐野市にある唐沢山に鎮座するのが「唐沢山城」である。
「関東一の山城」と称されるらしいのだが、それは先にも書いたようにここが関東平野の際に
位置しており、ここから北は東北にかけて山地だし、南を向けば東京まで平地が続きそれを
見渡す事ができるからではないだろうか。

互い違い虎口。

石垣のカーブが良い。

ダイナミックな石垣w

やはり、石垣が残っていると何かワクワクしてくる。

「唐沢山城」は近江三上山の百足退治や 平将門が起こした天慶の乱を鎮圧した「藤原秀郷」が
天慶五年(九四二年) に築城したと伝えられている。
その後、5代にわたって居城したが、6代目からは足利荘(栃木県足利市)に移り
一時廃城になるが、平安末期の治承四年(一一八〇年)に9代目が再びここに城を
再興して「佐野氏」を名乗り以後、戦国期には上杉謙信の猛攻を何度も退けたり、後北条、
豊臣、徳川とその間を上手く泳ぎきり唐沢山にそびえ建っていたのだが、慶長七年(一六〇二年)
麓に佐野城が築かれ平安より続いた唐沢山城はその役目を終えた。
廃城に至った件に関しては江戸に火災があった際、その山上にある唐沢山城からこれを見つけ、
早馬にて江戸に馳せ参じたが、それがまずかった。
家康に「江戸を見下ろせる所に城を構えるはなんたることか!」と不興を買い忠義が仇になった
という典型的な例が理由という説もあるらしい。

まぁ、それくらい見晴らしが良いというよりはいかに関東平野が大きくて、佐野まで
山が皆無だという事なんだろう。

唐沢山神社1

唐沢山神社2

唐沢山神社3

本丸跡にある「唐沢山神社」からの眺めはやっぱり最高で空気が澄んだ冬の晴れた日には新宿の
高層ビル群も見えるとの事。そりゃ、家康もヤバいって思うわなぁ〜!


追記
唐沢山城にはなぜか地域ネコや飼いネコが集まって来ており、お城よりもネコが好きな人たち
にとっても人気スポットらしい。石垣の上にいるとなにやら凛々しく見えるのは気のせいだろうか。

城ネコ?!
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4 Comments

こまいふ  

「夏草や猫(つわもの)どもが夢のあと」

2019/09/18 (Wed) 21:27 | EDIT | REPLY |   

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このコメントは管理人のみ閲覧できます

2019/09/19 (Thu) 22:29 | REPLY |   

軍曹亭@越谷公方  

こまいふくん

ネコは兵だったんだぁ?
これから気をつけようwww

2019/09/21 (Sat) 19:28 | EDIT | REPLY |   

軍曹亭@越谷公方  

○上くん

こちらこそ、お世話になりました。
次は広島案内?!よろしくね( ̄▽ ̄)

2019/09/21 (Sat) 19:30 | EDIT | REPLY |   

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