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背広で行けるボーダーライン!(常陸国お城放浪記4)

Categoryお城同好会
笠間城遠景。

あまり深く考えずに、近くまで来てるからと今回「笠間城」をチョイスしたのだが、天守曲輪が
画像の山頂にあるこの城はよくよく考えたら立派な「山城」だよなぁ。
すぐそばまで車で行けるだろうと山道を進んで行くと駐車場があったのでここで車を停め、上着を脱ぎ
ネクタイを緩めて車外に出る。

笠間城は鎌倉時代、この辺の真言宗の正福寺と徳蔵寺の坊主同士(ほんとこの頃の坊主って生臭いよな、
尾張のうつけ者NOBUちゃんが諸共焼いてやんよ!って言った気持ちも少しわかるかな)が縄張り争い
をしていて負けそうになった正福寺側が当時の下野守護、宇都宮頼綱に助けを求めたら甥の塩谷時朝
(後の笠間時朝)に行って来いと。そしてその時の拠点として佐白山麓に城を造った。
これによって徳蔵寺側は討たれたんだけど今度はこの城が邪魔だって正福寺がイチャモンつけてきたんで
「なに、呼んどいて勝手な事言っちゃってくれてんの?うるせーな、んじゃ、お前も成敗!」って
事で正福寺も滅ぼした後、承久元年(1219)に山頂に本格築城したのが始まりである。
(その後、笠間氏は18代にわたって笠間を治める。以降の事はいつもの如く各自で調べるように!)

車を降りて以前は車道で今は車両通行禁止の道に入るとすぐに「大手門跡」碑が見える。

笠間城大手門跡。

城址に続く道。。

元々「車道」だったんで足元はそんなに悪く無いんだけど車が走って無いんで苔むしていてこの季節は
(関東梅雨明け前日)滑りやすい。
10分ほど車道(だった道)を登ると本丸に着くのだが、この時期で背広ではかなりの発汗で本丸に
着く頃にはネクタイがビッショリだった。
(クールビズなんだからネクタイ外せよ!と言わないように。色々と事情ってやつもあるので)

本丸に着いて木陰で一息ついてから「八幡台櫓跡」がある八幡台に登ってみる。

八幡台!

八幡台櫓跡。

ここにあった櫓は笠間市内の「真浄寺」に移築されていて「笠間城櫓」として茨城県指定文化財に
なっている。
八幡台を降りると最近建てられた城址碑とかなり前からあるであろう説明看板?!がお目見えする。

笠間城址碑。

説明看板。

更に視線を上にすると天守曲輪に向かう城道の石段が目に入る。
「うーん、苔むした感じに趣があって良いねぇ〜」と声に出して頷いてみる。
なんてったって平日のこの時間はほぼ、貸切状態だから周りを気にしなくて良いのが最高だね。

天守曲輪城道。

石段を上がって行くと、石垣が見えてくる。
ここのところ「土塁」ばかり見てきたので「石垣」を見るとなにかワクワクしてくる。

石垣!

石垣!2

崩れた石段。

佐志能神社。

佐志能神社2

綺麗に組んである場所も残っているもののやはり「東日本大震災」の影響は未だに癒えず。
(つい最近まで画像の石段から先は立ち入り禁止の札がかかっていたらしい)
恐る恐る石段を登って天守曲輪に鎮座している山頂の佐志能神社(さしのう)で世界平和を願って(ウソ)
二泊一礼。振り返ると笠間ののどかな田園風景が、目に映った。
(そして、下山?!の後、最寄りのコンビニでポカリをガブ飲みした事は言うまでも無い)

山頂からの風景。



追記
大人の事情?!で背広を着ているのだが、本来ならば背広みたいな服装で特にこの季節での
「笠間城」訪問はオススメ出来ない。
そして実は革靴なんてもってのほかだ。(前回の小田城だったら革靴でもOKかな)
実は私の革靴はもちろん「革」なのだがお城に行く時にはかならず「Dr.マーチン」の8ホールを
履いている。(意外とこれが背広姿にマッチングしてる)25年ぐらい前にパンクロッカーを
諦めた時になぜか購入したものなのだが(苦笑)
ここに来て役に立つとは。(まぁ、現場立会いの時になんかも履いてるけどね)

Dr.マーチン25年物!
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