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しかしも足利氏もないわよ!(常陸国お城放浪記2.25)

Categoryお城同好会
常陸国はどこに行ってしまったんだろう?
ってな訳で今回は初の「下野国」のお城、「鷲城」(栃木県小山市)へGo!

鷲城全景!

鷲城城址碑。

鷲城曲輪図。

ココとご近所の幾つかの「お城」は日本史の授業でもおなじみの「大化の改新」の主要登場人物
「藤原鎌足」(かまたり)を祖先に持つ、「小山氏」の居城で築城年は定かではないのだが、
応安五年(1373)に小山義政が武蔵国太田荘の(埼玉県鷲宮町、現、久喜市)鷲宮(鷲宮神社)を
修築し、ここの神様を勧進して「鷲城」と名付けているので築城時期はこの前後かなと。

鷲城土塁。

さて、ここで今回のタイトルコール?!に移るのだが、この「小山氏」はここのところ度々
話題にしている越谷もとい、「古河公方」(足利成氏)の有力なパトロンだった。
半ば鎌倉を追われ、おれが「公方様」なんだからおれがいる所が頭に付くんだよ!と嘯いては
みたものの初代古河公方しげうじくんもこの様な地場の有力諸侯たちのバックアップがあって
こその強気発言なのである。
悲運な生い立ちで紆余曲折の後に「鎌倉」に返り咲くもまたもや「鎌倉」を追い出され…
血統的にも良くぼっちゃんなんだけれどグレちゃって、でも徹頭徹尾、筋はブラさずオヤジの
仇討ちを果たして当時の幕府からは東国を混乱させたと「朝敵」扱いされる。
「混乱?けっこーだぜ!かかってこいよ!」ってな事である意味、彼が東国での戦国の世を
スタートさせたと言っても過言ではない。

願書!!

先にも触れた今や一部アニメファンには「聖地」と化している(実は詳しいことは私は知らない)
「鷲宮神社」に500年前、彼は「願書」を出している。
内容を要約すると。

「なんかさぁ、上杉ムカつくんだよねぇ。素行も悪いし、管領のくせに生意気なんだよ!
あいつら退治するつもりだからカミさんも力貸してくんない。できたら神社の修繕費とか出すからさぁ。」

ってな事が書いてある。
この願いがかなったかのかどうかはわからないが、晩年は京都からの「朝敵」の汚名も返上し、
息子にも時の足利将軍の一字を貰うことになるのだが、死に臨み「我れ空く成行くとも、
秘計を廻らし敵を打従へ、再び鎌倉に還住し、関八州を手に属せば、中々無双の孝行なるべし」
(あーやっぱ鎌倉帰りてーなぁ、頼むよお前(息子))
と遺言したらしい。

とんだ不良でもやはり、芯の部分で血統の良さというかお行儀の良さというか。
(関八州で満足しちゃう所とか)
後に出てくる「どうせやんならすべてだよ!やんてやんよ!この野郎!坊さんもゆーこと
聞かなきゃ燃やしてやんよ!」の「尾張のうつけ者」に
比べればなんだかんだ言っても権威に従順な「お坊ちゃん」といったところか。
まぁ、そこも含めた所が憎めない所なんだけどねぇ。しげうじくん。

追記

「鷲城」は小山市立博物館に情景模型があるので俯瞰(ふかん)でどんな感じの城跡かわかる
様になっている。

鷲城情景模型!
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