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軍曹亭!

軍曹亭!

豊島氏は桓武平氏の一門、秩父氏の流れを汲み平安末期に今の上中里(東京都北区)
辺りに居を構え、そこを拠点に武蔵野台地東北部と旧入間川流域を支配下に置いた武家の一族で
その後、鎌倉後期に石神井川の源流の一つ「三宝寺池」に作った拠点が「石神井城」であり、
現在の「石神井公園」である。

とまぁ、お堅い話は置いといて、「私の誕生日(11月3日)にどっか行こうぜ!」のわがまま
に乗っていつもお世話に成ってる10歳年下の「Sくん」と某歴史雑誌の編集者兼軍事(最近は主に戦国)
ライターのいつもの?!「H左衛門尉」(前回、難波田城に行けなかった、笑)と「いざ!石神井城に参る!」
ってな事になったのである。

石神井公園入口。

実は西武池袋線「石神井公園駅」で下車した事はあるのだが、「石神井公園」には行った事が無かった。
公園の雰囲気的には青春時代の恥ずかしい思い出がいっぱいの「井の頭公園」と似た感じで池の周りの
遊歩道や野外音楽堂の配置加減もなにやら同じような。

空掘、土塁跡に入る。

わかりずらいが空掘跡。

「H左衛門尉」曰く、城(跡)攻めの「お作法」としてはまずは外郭(外周)から古地図なんかと
照合しながら中心部へ向かっていくらしく結構な距離を歩く事になる。

「軍事亭さぁ、いきなり城跡の碑なんかにすぐ行っちゃうやつとかいるだろ?ありぁ、城攻め素人なんだよ。
特にお前みたいな単純直情バカはすぐそっち行っちゃうだろ?ラーメンでもチャーシューは最後に美味しく
いただくってもんだよ」

「ああっ?喧嘩売ってんのかぁ!おれはラーメン食う時ときゃいつもチャーシューからいってんだよ!コラ!」

ってのを抑えてここは一応「プロ」(ってそんなものにプロがいるのか?)の言う事を素直に聞く。
そして今回「東京都文化財ウィーク」と銘打って普段は入れないフェンスが開いているので空掘、土塁跡に入る。
私や「Sくん」のような城攻めビキナーには唯の地形の起伏でしか無い場所も「H左衛門尉」には凄い場所
のようで得意の?!脳内妄想上映機のスイッチをオンにして「おおっ!ここがこうでこうなってこうな」
などと訳のわからない歓喜の声をあげながら喜んでいる。

空掘説明パネル。

保存状態の良い(私にはまだよくわからないが)空掘、土塁跡でひと通り彼の脳内妄想お城想像図の解説を
受けてからビキナー的には本日の「メインイベント」の城跡の碑に到着する。

石神井城の碑。

石神井城ご説明。。

建屋はもちろん残っていないのでこの「碑」がここに「石神井城」が有ったという証拠?!になるのだろう。
そして文明八年(1476年)の「長尾景春の乱」で「太田道灌」に敗れ「石神井城」落城の折、城主「豊島泰経」
の次女「照姫」がこの「三宝寺池」に身を投げたとの伝説があるのだが「H左衛門尉」の解説によるとこの
お話は明治期に作られた創作らしい。

三宝寺池。

つーわけで、この後はいつもの如く陽が高いうちから駅前の呑み屋になだれ込みこれまたいつもの駄目な大人の
時間帯に突入するのでありましたマルって作文っ?!


因みに本編とは全然関係無いのだがこの日(11月3日)は石神井城に赴く前に朝から「GR」
(ジャイアントロボ)の最終回を視聴してしまい大作くんの敬礼に号泣!やっぱこの最終回は傑作だわ!!
(主題歌、1コーラス目の「勝利の凱歌だ!正義の旗だ♪」の歌詞もシビれる)



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最終更新日2017-11-08
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