ランバダ?!難波田!

Categoryお城同好会
カテゴリー「お城同好会」実に6年ぶりの更新である

天才ゲームデザイナー吉川龍虎氏(笑、龍ちゃん)の傑作ウォーゲーム「河越合戦」
で、たまたま気になった武将「難波田憲重」(なんばたのりしげ)
「彼(難波田憲重)の踊りはやっぱり、激しいラテン系なのだろうか?」などと下らない事を
ゲームをプレイしながら思っていた。

難波田憲重!移動、戦闘値5-5!

最近、某歴史雑誌編集の「H左衛門尉」の影響を受けてるんだろうと思うのだが全く興味が無かった
「戦国モノ」が少し気になる。調べてみると「難波田氏」の居城「難波田城」は富士見市(埼玉県)に
あるという事で我が家からかなり近いし、実家からだと更に近い。
これは自身の中で早々に訪れなくてはという事になった。
気になるとすぐ身体が動いてしまうのは良くも悪くも昔からである。

一応、7月、8月は忙しいと言っていた「H左衛門尉」に電話を入れる。
「よう、難波田城に行こうと思うんだけど一緒に行くか?」
「軍曹〜!夏は忙しいって言ってただろ?それに抜けがけかよ!きたねーぞ!」
「だから今、誘いの電話かけてんだろ。」
「そりゃそうだけど・・・」
「わかった、わかった、んじゃ今回は下見って事で仕事が空いたら改めて案内してやるから、なっ!」
「なんだよ!軍曹!ブツブツ」
ってなやりとりが20分以上つづく。

気になるとすぐ身体が動くくせにお一人様は寂しいウサギの私は、今度は10歳年下の「Sちゃん」を
誘ってみる。
「面白そうですね、良いっすよ。いつ行きます?」さすがは「Sちゃん」フットワークが軽い。

難波田城公園。

梅雨明けの抜けるような空の下、午前中に東武東上線「志木駅」で待ち合わせそこからバスで20分、徒歩5分
で田んぼの真ん中の「難波田城公園」に辿り着く。

難波田氏は金子高範(かねこたかのり)を祖とする一族といわれ平安時代末期に成立した「武蔵七党」に属する
一族で保元・平治の乱で活躍し、高範は鎌倉時代初期、幕府が朝廷と戦った承久の乱で幕府側に付き討死、
その恩賞としてこの「難波田」(南畑)の地を与えられ高範の子「小太郎」から「難波田」姓を名乗ったと
されている。

ここは昭和36年に埼玉県旧跡に指定され平成12年に整備され公園になった。
公園になっているので他の城跡に比べると格段に見やすい城跡になっている。
野趣あふれる城跡での薮コキをしながらの城跡訪問も魅力的なのだがお城初心者の私はこちらの方が正直ありがたい。

古民家ゾーン

古民家ゾーン2

難波田城公園イメージゆるキャラ「ナンバッタ」!

公園は古民家ゾーンと城跡ゾーンに分かれ古民家ゾーンでは難波田城公園イメージゆるキャラの
「ナンバッタ」くんが出迎えてくれる(笑)この辺りは田んぼがいっぱいあるのできっとそこに
生息しているイナゴから取ったのだろう。この手作り感がなんともいえない。

城跡ゾーン1

城跡ゾーン2

城跡ゾーン3


城跡ゾーン4

城跡ゾーンは空掘ではなくちゃんと?!水掘なのが良い。
「曲輪」や「食い違い小口」も説明プレートでわかりやすく表示してあって
お城初心者には優しい。

本城門

難波田氏館跡

難波田直治郎墓

追手門

「本城門」も「追手門」も復元されていてそれなりに雰囲気も味わえる。
城跡ゾーンを色々と歩き周り散策した後は附属施設「難波田城資料館」(入場無料)に入る。

難波田城資料館!

常設展示で戦国初期の「武蔵武士」と「難波田氏」の事がわかりやすく解説されていて特に
切り絵物語の「関東争乱と武将難波田善銀」(憲重の法名、上映時間8分50秒)を観れば
河越夜戦の状況や難波田憲重の事がすぐわかるというスグレモノの作品である。

関東争乱と武将難波田善銀。

兜!

難波田城全景。

城跡的にはアクセスが良く足元も汚れないので私のような戦国初心者?!には持ってこいのお城だった。
ってなわけで下見は終了!H左衛門尉!今度、おれが案内してやるよ!難波田城(笑)

因みに
件の「難波田憲重」は河越合戦中に古井戸に落ちて死んでしまったという戦国武将情けない死に方
ベスト10ランキングに入る死に方をした武将である。
松山城風流合戦なんて粋な事も出来る武将でもあるんだけどね)


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