軍曹亭日乗 byかめカメラ

ARCHIVE PAGE: 2012年05月

かちっ!どきっ!ばしっ!

1940年当時「東洋一の可動橋」と称された「勝鬨橋」も1970年以来一度も開閉はしていない。現在ではその開閉の様子も過去のニュースライブラリーからしか観れなくなっているのは寂しい限りであるが、それが時代の流れなんだとあきらめざるえないのが現状だろう。元来、男と言うものはトランスフォームするものに弱いもので、それはVF-1バルキリー然り、Zガンダム然り、この勝鬨橋然りである。いまも残っている可動部の...
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月島から佃島へ歩く(後編)

現在は月島の先端に位置し富国強兵の下、明治期に埋め立てによって造成され鉄工所等が多く造られた「月島」とは違い安土桃山後期から江戸初期に自然にあった「砂洲」に家康の銘によって攝津国佃(大阪)から漁夫が移り住んだを祖とするのが佃煮の語源となっている「佃島」である。月島から「佃小橋」を渡るとさらに静けさを増したエアポケットの様相でそこには夏日の湿気の無い心地よい?!暑さを和らげる打ち水の音だけが響く不思...
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月島から佃島へ歩く(前編)

佃大橋から月島を望む。リバーサイドに建設中も含め高層マンションが並ぶ風景だが、一歩中に入ればそこここに懐かしい風景が残っていてもんじゃ焼き屋が立ち並ぶ「月島西仲通り商店街」の今風なアーケードも視線を少し上に向ければ昔の面影が垣間見える。真新しいもんじゃ焼き屋も昔は地元の子供たち憧れの「おもちゃ屋」だったりする。そして今にもネコが飛び出してきそうな裏路地も健在だ。華やかな銀座の雑踏から2kmも離れてい...
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I’ll Be Back!

久しぶりに帰ってきた!酔っ払いオヤジリーマンパラダイス!「新橋」いつもはダサいだのムサいだのとJK、ゆとり世代に言われ妻には亭の良い「ATM」だと思われ肩身の狭い思いをしているオヤジ達のパラダイス!兎にも角にもここでは無敵っ!一杯入れば、「時代のせいにしてんじゃねーぞ!状況が変わらねぇと嘆く前に自分を変えろクソガキども!!」ってなもんだ!嗚呼!新橋・・・そこにはオヤジ達の熱き血潮が流れている。。追...
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蒲田行進曲?!

一年前まで「東京以北」だの「大阪以西」などの範囲で動いていたのだが、ここに来て「中央区・港区・品川区・大田区」というミニマムな活動範囲に変化した。かといってボリューム的には、さほど変わらないのでさすがは「花の都東京」と思ったりする。そしてここのところせっせと下町からこの地区に通っている訳である。久しぶりに都内の地下鉄、JR、私鉄に好むと好まざると乗り放題なので車内で見かける色々な人々のバックボーン...
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反動が出ています。

趣味の数だけ人生が豊かになるとよく言うが、必然的にその数と比例して金がかかるものである。前回にも少し触れたがこの1年間は無収入だったため切り詰めるところは切り詰めてみる生活をおくった。(周りからはそうは見えず楽隠居してるねぇなどと言われていたが)あれほど欲しいと思っていたカメラはiPhone4sを購入してからと言うものピタリと購入欲が失せてしまったし、(結局無職のくせにある程度金は使っていたのだが)靴も...
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御大は今でも現役!

やっと節約古本三昧生活からの脱出である。1960年代後半から70年代にかけて少年時代を過ごした男の子達にはおなじみのこの絵柄!「少年探偵JA」や「ワイルド7」で一世を風靡した望月三起也氏の新作だ。今年で74にもなろうおじいちゃん(失礼!)の新作なのである。あとがきを読むといつもならアシスタントに任せるメカニックの部分も自ら楽しんで描いたそうだ。終戦前夜の満州を舞台に婆娑羅(ばさら)な漢(男)達が活...
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楽し都、恋の都、夢のパラダイス

東武線沿線に住む住民には一大イヴェントの「東京スカイツリー」の開園も二十日あまりとなった昨今だが、昭和キッズの私としてはやはり忘れちゃいけないのがココである。全長でははるかにスカイツリーに遅れを取ってはいるものの「オレンジ色の憎いヤツ」(by夕刊フジ)の存在感は今も健在である。ゴジラに倒され、モスラに繭を作られ平成になってからはギャオスの巣にもなった東京タワーだがメインの電波塔としての役目は終えつ...
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