蒲田行進曲?!
一年前まで「東京以北」だの「大阪以西」などの範囲で動いていたのだが、
ここに来て「中央区・港区・品川区・大田区」というミニマムな
活動範囲に変化した。
かといってボリューム的には、さほど変わらないので
さすがは「花の都東京」と思ったりする。
そしてここのところせっせと下町からこの地区に通っている訳である。
久しぶりに都内の地下鉄、JR、私鉄に好むと好まざると乗り放題なので
車内で見かける色々な人々のバックボーンなどを想像して楽しんでいる。
長身で競馬新聞と文庫本を片手に持ち30年物のレッド・ウィングの
「アイリッシュ・セッター」を履いた川畑康成似のご老人を見ては
もしやこの人は物書きなのでは?とか放課後には早い時間に乗っている女子高生を
見てはこれから渋谷にでもエスケープするのだろうかなどと考えては
ほくそ笑んでいる日々なのである。
私のそうした最近の日々の中でのキーステーションは二つ。
「銀座」と「蒲田」である。
「銀座」のことは以前から良く書いているので今回は割愛し、またの機会にする。
大田区蒲田・・・
このあたりは先の大戦での空襲を逃れた地域なので前時代の香りが
漂い、間口の小さな商店や昔ながらの町工場がひしめいている地域だ。
そして何よりもこの街はどうしようもなく「猥雑」なオーラを放っている。
ごちゃごゃしている風景のトーンも今日のような雨模様だといつにも
増してどんよりとグレイだ。
心の中では再開発をして(1部でははじまっているが)何もかもきれいにしてしまえ!
などと思いながらもその「猥雑」さにどこと無く惹かれる自分がいる。
「銀座」とは対極にありながらどこか憎めない街なのである。
(因みにユザワヤの発祥の地はここである)
ここには電鉄3社、4系統の路線が乗り入れている。
いわずと知れた「JR」に泉岳寺から横浜、横須賀を経由してペリー来航の浦賀・三崎口まで
行く「京急」(京浜急行)そしてまさに「東京ローカル線」の
東急(東京急行)多摩川線と池上線だ。
そぼ降る雨の中、本日は「東急」多摩川線の矢切もとい
「矢口渡」(やぐちのわたし)と「京急」の「梅屋敷」で降りる。
もちろん商用であることは言うまでもない。


どちらの駅も蒲田のとなりである。
(梅屋敷はJR、東急の駅から700m離れた京急蒲田駅ではあるが。)
まさに「23区ローカル」な駅のたたずまいである。
実はこの「梅屋敷」には10年前にやはり商用で通っていた時期があった。
(それなりに厳しい仕事であったが)
その頃この駅周辺はもっとごちゃごちゃとオモチャの街のような様相を
呈していたのだがなにやらしばらく訪れなかった間に「蒲田駅周辺高架化計画」
なんて名の元に1国(国道1号)側が再開発されようとしていた。
周辺の「猥雑」さに嫌悪しながらも心のどこかで惹かれていた私には寂しい限りである。
(既に登り方面のホームは高架の上にある)
しかし、反対側の商店街は手付かずで10年前から気になっていた喫茶店も
健在なので少し安心した。

「珈琲琵琶湖」!
梅屋敷で琵琶湖とはこれいかに!
未だに入る勇気?!が無いのでその名の由来は謎のままである。
ここに来て「中央区・港区・品川区・大田区」というミニマムな
活動範囲に変化した。
かといってボリューム的には、さほど変わらないので
さすがは「花の都東京」と思ったりする。
そしてここのところせっせと下町からこの地区に通っている訳である。
久しぶりに都内の地下鉄、JR、私鉄に好むと好まざると乗り放題なので
車内で見かける色々な人々のバックボーンなどを想像して楽しんでいる。
長身で競馬新聞と文庫本を片手に持ち30年物のレッド・ウィングの
「アイリッシュ・セッター」を履いた川畑康成似のご老人を見ては
もしやこの人は物書きなのでは?とか放課後には早い時間に乗っている女子高生を
見てはこれから渋谷にでもエスケープするのだろうかなどと考えては
ほくそ笑んでいる日々なのである。
私のそうした最近の日々の中でのキーステーションは二つ。
「銀座」と「蒲田」である。
「銀座」のことは以前から良く書いているので今回は割愛し、またの機会にする。
大田区蒲田・・・
このあたりは先の大戦での空襲を逃れた地域なので前時代の香りが
漂い、間口の小さな商店や昔ながらの町工場がひしめいている地域だ。
そして何よりもこの街はどうしようもなく「猥雑」なオーラを放っている。
ごちゃごゃしている風景のトーンも今日のような雨模様だといつにも
増してどんよりとグレイだ。
心の中では再開発をして(1部でははじまっているが)何もかもきれいにしてしまえ!
などと思いながらもその「猥雑」さにどこと無く惹かれる自分がいる。
「銀座」とは対極にありながらどこか憎めない街なのである。
(因みにユザワヤの発祥の地はここである)
ここには電鉄3社、4系統の路線が乗り入れている。
いわずと知れた「JR」に泉岳寺から横浜、横須賀を経由してペリー来航の浦賀・三崎口まで
行く「京急」(京浜急行)そしてまさに「東京ローカル線」の
東急(東京急行)多摩川線と池上線だ。
そぼ降る雨の中、本日は「東急」多摩川線の矢切もとい
「矢口渡」(やぐちのわたし)と「京急」の「梅屋敷」で降りる。
もちろん商用であることは言うまでもない。


どちらの駅も蒲田のとなりである。
(梅屋敷はJR、東急の駅から700m離れた京急蒲田駅ではあるが。)
まさに「23区ローカル」な駅のたたずまいである。
実はこの「梅屋敷」には10年前にやはり商用で通っていた時期があった。
(それなりに厳しい仕事であったが)
その頃この駅周辺はもっとごちゃごちゃとオモチャの街のような様相を
呈していたのだがなにやらしばらく訪れなかった間に「蒲田駅周辺高架化計画」
なんて名の元に1国(国道1号)側が再開発されようとしていた。
周辺の「猥雑」さに嫌悪しながらも心のどこかで惹かれていた私には寂しい限りである。
(既に登り方面のホームは高架の上にある)
しかし、反対側の商店街は手付かずで10年前から気になっていた喫茶店も
健在なので少し安心した。

「珈琲琵琶湖」!
梅屋敷で琵琶湖とはこれいかに!
未だに入る勇気?!が無いのでその名の由来は謎のままである。
反動が出ています。

趣味の数だけ人生が豊かになるとよく言うが、必然的に
その数と比例して金がかかるものである。
前回にも少し触れたがこの1年間は無収入だったため
切り詰めるところは切り詰めてみる生活をおくった。
(周りからはそうは見えず楽隠居してるねぇなどと言われていたが)
あれほど欲しいと思っていたカメラはiPhone4sを購入してからと言うもの
ピタリと購入欲が失せてしまったし、(結局無職のくせにある程度金は使っていたのだが)
靴も服も以前のモノを着まわし履きまわしてなんとかやり過ごしているし
スクーターにも車にも必要最低限以外乗らなくなったし釣りにも行かなくなった。
そして残ったものがこれからの人生におけるブラッシュアップされた趣味となるのだが、
はて何が残ったかと言うと・・・
「酒と徘徊と読書(漫画含め)」である。
徘徊は基本的にはタダだし、(電車賃が掛かるが)やっぱり日々酒は少々必要だったし、
本は相も変わらず読むことへの欲はもちろんそのものに対しての所有欲も衰えなかった。
その所有欲を満たすためにこの1年せっせと古本屋通いをしたのだがこの漫画の新刊
ってやつだけはどんなにあがいても古本屋では購入できないのである。
ある程度の収入確保の見通しがついた今、この部分の反動が出ている。
やはり漫画とはいえ新しい本の匂いは良いものである。

追記
この1年趣味とは関係ないが彼らの生活費も(特に光熱費)も
即、命にかかわるので切り詰められない費用だったな。
御大は今でも現役!

やっと節約古本三昧生活からの脱出である。
1960年代後半から70年代にかけて少年時代を過ごした
男の子達にはおなじみのこの絵柄!
「少年探偵JA」や「ワイルド7」で一世を風靡した
望月三起也氏の新作だ。
今年で74にもなろうおじいちゃん(失礼!)の新作なのである。
あとがきを読むといつもならアシスタントに任せるメカニックの部分も
自ら楽しんで描いたそうだ。
終戦前夜の満州を舞台に婆娑羅(ばさら)な漢(男)達が活躍するストーリー展開は
氏の黄金期作品そのままなのであるが、今なお色あせていない。
そして氏の描く女性が肉感的で子供心にドキドキした記憶がまた蘇えってくる。
この作品でもソヴィエト軍の政治将校ソーニャがストライクである。
(表紙中央部でモーゼルC96をツーハンドで構えている女性)
細かいところのこだわりも相変わらずで主人公の司馬兵長の愛銃が26年式リボルバーなところもGood!
齢この年にして衰えるどころかさらにパワーを増している画力にはまさに「脱帽!」
私も最近「目が遠くなった」とか「昨日の酒が残っている」などと言っている場合では
無いのである。
見習わなければ・・・
追記
メカニック的な部分での主役とも言える89式中戦車がソヴィエト軍を翻弄していく
展開も圧巻だ。
そして余談ではあるが(主人公の司馬兵長にちなんで、笑)
氏は熱狂的な「浦和レッズ」サポーターでもある。
楽し都、恋の都、夢のパラダイス
東武線沿線に住む住民には一大イヴェントの「東京スカイツリー」の
開園も二十日あまりとなった昨今だが、昭和キッズの私としてはやはり
忘れちゃいけないのがココである。

全長でははるかにスカイツリーに遅れを取ってはいるものの
「オレンジ色の憎いヤツ」(by夕刊フジ)の存在感は今も健在である。
ゴジラに倒され、モスラに繭を作られ平成になってからはギャオスの巣にも
なった東京タワーだがメインの電波塔としての役目は終えつつも災害時の予備塔として
国営放送も含め合計6社と契約を結んでいる。
関東近県の私世代は東京12チャンネル(現テレ東)と言えば必ず
日に数回、タワーショットが出てきてそれを観て、さらに遠足でも訪れて
極め付けには蝋人形館に恐怖したものだ。
ノスタルジーだけで語ってはいけないのだがツリーよりはタワーの方が趣があると
思うのはやはり年を取った証拠なのだろうか。
開園も二十日あまりとなった昨今だが、昭和キッズの私としてはやはり
忘れちゃいけないのがココである。

全長でははるかにスカイツリーに遅れを取ってはいるものの
「オレンジ色の憎いヤツ」(by夕刊フジ)の存在感は今も健在である。
ゴジラに倒され、モスラに繭を作られ平成になってからはギャオスの巣にも
なった東京タワーだがメインの電波塔としての役目は終えつつも災害時の予備塔として
国営放送も含め合計6社と契約を結んでいる。
関東近県の私世代は東京12チャンネル(現テレ東)と言えば必ず
日に数回、タワーショットが出てきてそれを観て、さらに遠足でも訪れて
極め付けには蝋人形館に恐怖したものだ。
ノスタルジーだけで語ってはいけないのだがツリーよりはタワーの方が趣があると
思うのはやはり年を取った証拠なのだろうか。





